誰一人取り残さない社会の実現のために〜市区町村に1つ統合失調症カフェを〜

Nたま18期生

こんにちはプク(@pukulifestyle)です。

統合失調症の症状は100人いれば100人それぞれ。

それでも、似たような経験をした人とコミュニケーションを取りたいと考えたことはないでしょうか。

そこでデイケアや、作業所に通う方もいらっしゃると思います



自分に合うところを見つけられればいいですが、

・年齢や障害の度合いが合う人がいない

・作業内容に物足りなさを感じたり、逆に厳しすぎて通い続けることができない

といったことがあるかもしれません。

プクは統合失調症のプカとの10年以上過ごし、

統合失調症の認知度を上げて生きやすい世の中になるように、ブログを書き続けています。

そこで今回は各市区町村に「統合失調症カフェ」ができるといいなという話をします。

プカ
プカ

プカのようにコミュニティに所属することが好きな人にとっても

プク
プク

プクのようにコミュニティに所属するのが苦手な人にとっても、

明るい未来を描ける内容にするから最後まで読んでくれると嬉しいな。

幸福度の高さはコミュニティにあり

プクは現在、統合失調症の課題を解決する力をつけるためにNたまの研修生をしています。

Nたまは次世代のNGOを育てるプログラムですがそこでなんらかのコミュニティに属している人が幸福度が高いということに気づきました。

高山は日本のブータン

Nたまのプログラムの中で岐阜県の高山市にまちづくりの勉強をしにいくというものがありました。

そこで観光で有名な中心地からタクシーで15分ほど離れた場所の人たちの暮らしぶりを観察するということをしました。

グループに分かれて街を散策するのですが、プクたちは高齢者の方の憩いの場所に立ち寄ることができました。

囲炉裏を囲ってコーヒーとお菓子を食べながら雑談し、皆さんとても幸せそうでした。

他のNたまの研修生も高山の皆さんは幸福度が高そうに見えるという報告をしていました。

中には「高山は日本のブータン」と表現している人もいました。

そして、幸福度の高い人たちはなんらかのコミュニティに属していることにプクは気づきました。

小学校区に1つの子ども食堂を

先ほどの高山での研修とは別に、Nたまのプログラムの中に自主企画というものがあります。

そこでプクは「子ども食堂を応援する」という企画のグループの一員になりました。

プクたちは子ども食堂を調べるにつれてNPO・企業・お寺など様々な団体が「子ども食堂」を開催していることを知りました。

そして「小学校区に1つの子ども食堂を」とおっしゃる方の話も聞けました。

プクは「子ども食堂」という言葉を聞いたことはありましたが、家から歩いて行ける距離に子ども食堂が3件もあることを知りました。

小学校区に1つの子ども食堂は夢物語ではありません。

それだけの数のコミュニティを運営するにはもっと認知度が必要です。

子ども食堂のことを知ってもらうことによって支援のネットワークが広がるからです。

※詳しくは別記事で(近日公開予定)

市町村に1つの統合失調症カフェを

小学校区に1つの子ども食堂が実現できた頃、それが何年後かわかりません。

10年後かもしれませんし、20年後かもしれないし、5年後かもしれません。

ひょっとしたら、プクの住んでいる名古屋近辺ではモーニングのコーヒーにトーストがついてくるのが当たり前のように、

子どもが無料あるいは格安で食事をするのは当たり前の時代がやってくるかもしれません。

そのように子どもへのコミュニティが一般的なった時、女性・高齢者・障がい者のためのコミュニティの幅が広がるのは自然な流れではないでしょうか。

そして既にオンライン上ではメンタルヘルスと一括りにするのでなく、

・統合失調症

・発達障害

・うつ

・双極性障害

・HSP

など、細分化できたコミュニティが形成されています。

リアルの交流の場でも気軽に通えるコミュニティがあるといいなと思います。

市区町村に1つの「統合失調症カフェ」。

よく使う駅のすぐ近くに分かり合える仲間が集えるというイメージです。

コミュニティに馴染めないとき

ここまで

・コミュニティに属していることによって幸福度が高まる

・「子ども食堂」の認知度をあげることで「統合失調症カフェ」が市区町村に1つできるといい

という話をしました。

では、コミュニティに属していない人は幸福度が下がるのでしょうか。

プクはそうは思いません。

そのことについてお話しします。

子ども食堂を取材して感じたこと

プクは子ども食堂を取材し、思ってた以上に賑やかな場所だと感じました。

そしてプクは自分の子どもの頃を思い出しました。

そういう周りが楽しそうにしている場所が大の苦手だったのです。

周りの子どもと同じようにはしゃげない自分に劣等感を抱く幼少期でした。

そんな子どもの頃の自分を思い出したとき、「子ども食堂を応援する」ことに葛藤を憶えました。

コミュニティに馴染めない子どもの声はどこに届くのだろうと。

個性を認めてくれるコミュニティを探す

プクはよく変わっているねと言われることが多いです。

自分では自覚があまりないのですが、その個性を認めてくれる環境に身を置けた時に充実した日々を送れたように感じます。

高校の時に教育実習生に「プクくんは出過ぎた杭だから打たれないよね」と言われたことがあります。

もう名前も顔も覚えていない人の言った言葉で当時は何を言っているのよくわかりませんでした。

でも、今では心の支えになっています。

孤独と孤高

孤独と孤高は違います。

同じ一人でも寂しい思いをしているのが「孤独」なら、誇りを持っているのが「孤高」です。

プクは18才でうつになりました。

プクの周りとは少し違った感性が生きにくくしていることが原因の1つだと思います。

プクのことを認めてくれるコミュニティに属しているときは良かったです。

でも、常に同じコミュニティに属し続けることはできないし、いつの間にか常識の波に飲まれて息苦しくなります。

社会に適応するための努力より大切なのは、周りを気にせず自分の価値観を大切にすることです。

プクはうつになったことをきっかけに自己嫌悪に陥りがちだった性格から自己肯定感を高く保てるように努力をし続けています。

選択肢がたくさんあること

コミュニティに所属することが苦手という人にも選択肢がたくさんあるということは心の支えになるのでないでしょうか。

市区町村に1つ「統合失調症カフェ」があれば

・どこかに自分にあったところは見つけられるだろう

・もし自分に合わなくても別のところを探そう

・コミュニティに属さなくても、フラッと旅先で立ち寄ることなら楽しそう

などコミュニティとの距離感を選ぶことができます。

おわりに:コミュニティは1つじゃない

ここまで

・Nたまで学んだことから幸福度の高さはコミュニティにあり

・プク自身の経験からコミュニティの選択肢があることが心の支えになる

という話をしました。

Nたまをきっかけにいろんな方の話を聞く機会があります。

自己肯定感が下がってしまうのには戦後から大きく変わらない教育のシステムに原因があるのではと考えています。

「いい学校を出て、いい会社に入る」それがこれまでの社会では正解だったかもしれません。

日本の教育はこの価値観の上に成り立っているように感じます。

もう既にこれまでの常識が壊れつつある世の中です。

学校というコミュニティに違和感を感じる子どもが増えるのも当然かもしれません。

プク自身もとにかくいい大学へ行けと言う価値観に生きづらさを感じてきました。

だから学校だけがコミュニティじゃないよ!

と伝えたいです。

プクがうつになった18才だったのは20年前です。

その頃に「学校だけがコミュニティじゃないよ」と言うのはひょっとしたら無責任かもしれません。

でも、今は違います。

オンラインのコミュニティもあります。

リアルのコミュニティもインターネットで調べられます。

すぐには自分に合ったコミュニティは見つからないかもしれません。

でも、どこかに必ず自分を必要としてくれる場所があるはずだと希望を持てる。。。

それだけでコミュニティが充実していく意味がある。

プクはそう考えます。

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